軍隊と商人が世界中に拡げた、”悪魔の飲み物”コーヒーの歴史|食の起源
コーヒーの香りは、代用が効かない唯一無二のものである。
カフェインの作用が云々というまえに、まずそのアロマが我々に幸福感を与えてくれる。
朝のコーヒー、午後のコーヒー、食後のコーヒー。
コーヒーのかぐわしき香りは、生活のメリハリにもなっているといえるだろう。
現在は南米産のコーヒーが有名であるが、コーヒーの原産地はアフリカである。
イスラム教徒からヨーロッパに伝わり、やがて世界に広がったコーヒーの歴史を紐解いてみよう。
「コーヒー」という名に込められた由来や伝説
そもそも、コーヒーという言葉の中にこの飲み物の由来が込められている。
一説によれば、コーヒーはエチオピアのカッファ(Caffa)が原産といわれていて、これがコーヒーという言葉の由来となったという。ちなみに、2010年にカッファ地区はユネスコの世界生物圏保護区に認定されている。また、エチオピアには日本の茶道のようなコーヒーを飲む儀式も伝わっている。
アラビア語では「qahwa」と呼ばれておりこの言葉にはすでに「刺激」という意味がある。つまり、コーヒーは古くから刺激的な飲み物とされてきたのである。
コーヒーにまつわるヤギと少年の伝説
また、別の伝説もある。
紀元前400年ごろ、エチオピアのヤギ飼いの少年カルディはヤギたちが妙に興奮していることに気がつく。よく見ていると、ヤギたちは赤い野生の実を食べると興奮状態になることが明らかになった。そこでカルディ少年もその赤い実を食してみると、体中に力がみなぎってくるようであった、というのがその伝説である。そして、そのパワーの源となった赤い実こそが、コーヒーの実であったというわけだ。
アフリカからイスラム社会へ コーヒーの普及
コーヒーはやがて、13世紀から14世紀にかけてエチオピアの軍事勢力の拡張とともに、イェメンに到達する。イェメンの肥沃な土壌はコーヒーの栽培にことのほか向いていたらしく、一気にコーヒーは普及することになった。
やがて、コーヒーは紅海の東海岸を北上、メッカとメディナにたどりつく。15世紀にはこの地で、コーヒーが引用されていたことがわかっている。
16世紀になると、エジプトのカイロがコーヒー商業の中心地となった。商人や巡礼者たちがカイロでコーヒーを仕入れ、それぞれの町で売りさばくという光景が見られたようだ。
コーヒーはまた、当時のイスラム世界では非常に重要な飲み物であった。イスラム社会ではワインの引用を禁止していたため、宗教の儀式においてコーヒーを使用したのである。
やがて、オスマン帝国にも普及したコーヒーは、帝国軍によってウィーンに到達している。
コーヒーとヨーロッパ
オリエントの世界と交易していたヴェネツィア共和国では、16世紀にはすでにコーヒーの存在が確認されている。しかし当時のコーヒーは、薬種屋で取引される非常に高価な薬剤の一種として扱われていたという。
ヴェネツィアの外交文書によれば、1554年にはイスタンブールにコーヒーを飲ませるカフェがあったことがわかっている。このカフェ文化は、その後ヨーロッパでも急速に広がった。
17世紀には、富裕層の間でカフェに集うのが大ブームになるのである。
イタリアに最初のカフェが誕生するのは1615年、1720年にかの有名なヴェネツィアのカフェ・フローリアンが開業している。
1700年代前半には、パリやロンドンなどの大都市にも数多くのカフェが生まれたのである。
コーヒーは悪魔の飲み物?
ところで、急激なカフェ文化の台頭は、当時のキリスト教会をきりきり舞いさせた。コーヒーが、イスラム教世界で儀式に使用されるという風習もその要因となっていたのだろう。
なによりも、人びとがいとも簡単にコーヒーの魅力に取りつかれてしまうことから、キリスト教会ではコーヒーを「悪魔の飲み物」扱いしていた時期があるのである。
とくに、コーヒーに媚薬の効能があるとか、夜の社交においても愛好されていたことからキリスト教会は目くじらを立てたようである。
しかし、コーヒーの美味はローマ教皇をも魅了したのか、クレメンス8世は「悪魔の飲み物とするにはあまりに惜しい。コーヒーに洗礼を授けて我らがものにしよう」と言ったと伝えられている。
日本におけるコーヒーは?
それでは、日本とコーヒーの関係はどうであったのであろうか。
ヨーロッパでカフェ文化が開花したころ、日本は鎖国中であった。そのため、コーヒーの存在を知っていた日本人は、オランダ人が入国することを許されていた長崎は出島に出入りする人のみであったとされている。
明治に入り文明開化の時代になると、上流階級の人々はコーヒーをたしなむことも覚えたようだが、それでも普及するのは明治後期になってからである。
明治から大正にかけて、コーヒーを供するカフェは文人たちの集いの場となったこともある。コーヒー愛好家が増えたころに日本は世界大戦を迎え、カフェ文化も一時中断してしまった。再びカフェ文化が交流するのは、昭和25年以降のことである。
統計によれば日本人は現在、1人当たり1週間に11杯弱のコーヒーを喫している。
1日1杯はコーヒーをという人が、圧倒的に多いことがわかる。
近年明らかになるコーヒーの効能
また、近年ではコーヒーの効能が科学誌に掲載されることも多くなった。
体脂肪の燃焼を促進、鎮静作用、記憶力の向上、心臓病や脳卒中のリスクの低下など、コーヒーを摂取することによるメリットは、コーヒー好きにはうれしいものである。
イラスト:おにぎりまん
イタリアの片田舎で書籍に埋もれて過ごす主婦。イタリアに住むことすでに十数年、計画性なく思い立ったが吉日で風のように旅行をするのが趣味。美術と食文化がもっぱらの関心ごとで、これらの話題の書籍となると大散財する傾向にあり。食材はすべて青空市場で買い込むため、旬のものしか口にしない素朴な食生活を愛す。クーリエ・ジャポン、学研ゲットナビ、ディスカバリーチャンネルなど寄稿多数。