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それでも市場は営業中。スペインに農業国の誇りを見る|コロナ猛威の中の世界の食

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コロナウィルスが猛威をふるいはじめて以降、大きく変わった私たちの生活。日本でも東京をはじめ外出自粛の動きが広まってきたが、多くの国では日本よりも早い段階で外出を規制する動きが広まった。そんな窮屈な生活の中で、海外の人々は食とどのように付き合い、また楽しんでいるのだろうか。今回は現在のスペインの様子を、スペイン・サラマンカ在住で、EAT UNIVERSITY寄稿ライターである對馬 由佳理氏に、「食」という切り口からレポートしてもらった。

ヨーロッパの中でも比較的早い時期にコロナウイルスの感染拡大が現れ、3月半ばには外出制限令も出されたスペイン。しかし、スーパーや市場そしてパン屋などへ買い物に行くことは認められている。コロナウイルスと戦うスペインの食の今をレポートする。

スペインのマーケット(市場)の様子はいかに

サラマンカ中央市場の中にある「ハモン・ストリート」

スペインで外出制限令が発令されて3週間目。街を歩く人の数もいつもよりもずっと少ない、スペインの有数の学園都市・サラマンカ。スペインでも有数の美しさを誇るこの町のプラザマイヨールの隣にある建物が、サラマンカ中央市場である。

100年以上の歴史を誇るこの市場の建物は2階建て。中には八百屋・魚屋・肉屋・ハモン屋・パン屋、そしてカフェを飲むためのバールに至るまでの約50件の店が軒を連ねる。

今年3月中旬からスペインで発令された外出制限令だが、食料品を買いに行くことは外出の正当な理由として認められている。

とはいえ、現在このサラマンカの中央市場も通常通りの営業を続けている店は半分ほど。週に3日間だけの短縮営業をしている店や、外出制限令が発令された直後から営業を休止している店も少なくない。しかし、それでも週末には大半の店が営業し、客を迎える。

週に3日間だけの短縮営業となったことを伝える張り紙

この中央市場の一角を占める老舗の八百屋「アンヘル」で、ここ3週間の様子についてインタビューしたところ、その答えは意外なものであった。

「野菜や果物に関して言えば、外出制限令が出る前と何も変わりはないよ。商品のほとんどはスペイン産だから、問題なく店まで届いているし、品薄になって値上がりしている商品もない。外国産の商品でいえば、リンゴの中にはフランスやイタリアからのものがあるし、マンゴーみたいなトロピカル・フルーツはラテンアメリカからの輸入品。でもそんな外国産の果物も、特に問題なく届いているしね。」

サラマンカ名産のイベリコハムを扱う店の品ぞろえはいつもと変わらず

サラマンカはスペイン有数のイベリコハムの産地である。そのためこの中央市場にも多くのハモン屋がある。そのうちの1件の「イホス・デ・ニコラス・エルナンデス」で、ここ数週間の様子を聞いた。

「3月中はハモンの工場も通常通り操業していたけど、4月になったら時間を短縮したり、操業しない工場もあるようだね。でも、各ハモン工場とも在庫は十分にあると聞いている。だから今回のコロナウイルスの影響でハモンの需要が増えたり、価格が急激に上がるようなことは起きないと思うよ。」

魚屋さんにて。品揃えが少なく見えるのは、たくさんの電話注文に対応した後だから

サラマンカはポルトガルとの国境沿いにある内陸の街であるが、この市場には魚屋も多い。とある魚屋でこの数週間の様子について聞いたところ、

「港は通常通り開いているから、品ぞろえが急に減ったり、魚の値段が急に変わったり、ということははないよ。ただ、一番変わったのは、ここに来るお客さんたちの様子。週に2回来ていた人が1回になったりしてるし。あと、この数日、電話で注文して品物を取りに来るお客さんが増えたことが大きな変化かな。」

という返事が返ってきた。

サラマンカの中央市場の多くの店は、品ぞろえはいつもと変わりはないが、買物客の数が減っていることが目下の問題のようである。

しかし、さすがに農業国スペイン。外出制限の期間中であっても、食料品自体は問題なく店先に並んでいるのであった。

外国産業の営業停止と国境封鎖が、スペイン農業界に与える影響

無人のサラマンカのプラザマイヨール

前述のとおり、今回スペインで発令された外出制限令では、不要不急の外出は禁止されている。しかし、農業・漁業・畜産業・林業をはじめとする第1次産業は、例外的に働くことが認められている。

しかし、その一方で、スペインにある大半のレストランやバールは一時的に休業する事態となっている。

実は、この影響を受けて、スペインの食肉業界が苦境に立たされている。というのも、現在レストランやバール等が営業を見合わせているため、そうした場所で食されていた肉類の需要が急激に低下したため、同時に様々な肉の価格も下がり、畜産業界が苦しんでいるのである。

また、スペインは外出制限令を出した数日後に国境閉鎖を決定した。とはいえ、必要な物資を積んだトラックなどは、係員の検査を受けたうえで、出入国が認められている。しかし、基本的には、スペインに暮らしていない人の入国は禁止されている。

そうした中、ヨーロッパ共同体の農業関係部門は、スペインをはじめとする主に南の国々に、国境を開放してモロッコなどからの季節労働者の入国を認めるようにとの通告を出した。

この時期にスペインに来る北アフリカの季節労働者の主な仕事は、フルーツの収穫である。現在スペインはイチゴなどのフルーツが旬の時期であり、そのイチゴはスペイン国内だけではなく他のヨーロッパ諸国にも輸出されている。

つまり、スペインにモロッコからの季節労働者が入国できないと、ほかのヨーロッパ諸国ではイチゴ販売できず、もちろん食べることもできない可能性がある。イチゴは様々なお菓子にも利用されるため、スペイン国外でも需要の高い果物なのである。そのため、EUはスペイン国外からくる労働者の国境通過の手続きを簡素化するようにスペイン政府に求めている。

しかし、コロナウイルスの感染者は現在北アフリカ諸国にまで広がっており、スペイン政府が、この地域からの労働者の入国を認めるのは難しいものと思われる。

ヨーロッパ有数の農業国であるスペインは、ほかのヨーロッパ諸国へ様々な農産物を輸出している。そのため、今回のコロナウイルス騒動によって、食をめぐる他の国々との利害対立が表面化する可能性があるといえるだろう。