ジビエの旬は冬、という簡単なものではないのです
日本の狩猟期間は基本的に11月15日から始まり2月15日(北海道は10月1日~1月31日)まで。今はまさにジビエシーズン真っただ中だ。カモやキジ、キツネ、ウサギ、クマなどが対象で、レストランにもさまざまジビエが並ぶ。
中でも鹿や猪は人気が高いが、これらは有害駆除の対象として捕獲許可を出す地域が増え、通年出回ることが多い。とはいえ、自然に生きる動物は時期によって味わいは変わる。今回は、岐阜県・郡上の地から、狩猟の世界に新しい風を吹き込み続けている猪鹿庁の興膳健太さん(興膳さんの取り組みについてはこちら)に、美味しいジビエとの出会い方を教えて頂いた。
交尾期前のオスは脂がのって美味しい
「鹿も猪も交尾期のオスはフェロモンを出すのでニオイがきついです。交尾期に入る前は脂がのっていて美味しいですね。交尾って動物にとっては一大イベントなんですよ。自分の種を残せるかどうかの大切な時期。だからそれに向けて、たくさん食べまくって体を作るんです。戦うための体をね。交尾期が終わると戦い疲れて痩せています」
つまり2月に交尾期をむかえる猪は12~1月、10~11月に交尾期をむかえる鹿は8~9月の栄養状態がよく、脂ものって美味しい。ただし、鹿のベストシーズンは気温が高いため、素早く処理しないと肉が焼けてしまう。
「お肉は血抜きをしたあと、できるだけ早く冷やした方がいいです。死後硬直で肉が一時的に固くなりますが、低温で数日保管できると硬直が解けていきます。低温保管を長くすることで熟成させることも最近はブームですが、しっかりとした設備のある環境下で行わなければ、単なる腐った肉になってしまうのであまりお勧めはしていません」
一方、鹿も猪もメスは交尾期の影響を受けにくい。1年を通して肉の質が安定しているが、出産期は避けたほうがよい。
「出産後のメスは出産や産後の授乳などで体力を消耗し、痩せています。グンと痩せるんです。鹿も猪も5~6月に産むから、その時期は痩せている。同じメスでも2~3歳で出産経験がなければ肉もやわらかくて、味もいいから猟師にも人気があります」
ストレスを与えずに捕獲することも大切
味の決め手は捕獲時期だけではないという。
「捕らえ方によっても味は変わると思います。いろんな考え方があるけど、自分は絶対原則として安楽死させたものがいいと思ってる。それは薬を使うという意味ではなくて、ストレスなく命を絶つということ。だから、鉄砲で胸から上を打ったものが一番美味しいと思う。鉄砲で腹を打って胃や腸を貫通すると、そこから大腸菌が肉に付着しちゃうから、臭くて食えたもんじゃないということもあります。難しいですね」
罠を使うときはできるだけ早く駆けつける。
「罠にかかって暴れるとストレスがかかりますからね。僕は『狩猟をするときは常に動物の気持ちになれ』と教わってきました。それは罠を仕掛ける場所を考えるときもだけど、動物の最後のときにもちゃんと考えなきゃいけないことだと思う。罠にかかったなら、ひと思いに命を絶つ。そこは淡々と。たとえば生け捕りにされて別の場所に運ばれたら、運搬中に目隠しされていても動物は不安で仕方ないと思うから」
里山の環境が味を変える
日本全国を巡り、各地のジビエを食べてきた興膳さん曰く、産地によっても味が異なるとか。
「愛媛や和歌山など、ミカンの産地の猪はミカンの味がするんです。さっぱりとして美味しい。第2回日本猪祭りで優勝した岡山の吉備中央町は、猪の食料になるコナラやミズナラなどのドングリや椎の木が豊富だから、ちょっと甘い猪らしい味がします。吉備中央町に行ってみたら、ゆったりとしたいい感じの広葉樹の山で。郡上は針葉樹の杉やヒノキが多いから、ちょっとここには勝てんなって思ったくらい(笑)。いろいろ食べて、自分好みの産地を見つけるといいと思いますよ」
猟師さんが美味しいジビエへの案内人
では、その肉はどこで探せばいいのだろうか。家畜ではないため、供給量や品質が安定しないジビエはスーパーなどで見かけることは少ない。
「美味しい肉を手に入れたかったら、信頼できる猟師さんと知り合うのが一番いいと思いますね。僕たちがやっているような、最寄りの狩猟体験ツアーに参加してみるのもいいし、SNSや動画配信サイトで情報発信する人も増えてきたから、信用できる相手だなと思ったら声をかけてみてもいいと思う」
「『この時期だから大丈夫、いい肉だよ』とか、『これは何歳のオスだから少し匂うかもしれない。それでもよかったら出すよ』とか、個体差があるジビエの取引は正しい情報を話せる関係が大切」
牛や豚のように流通ルートが確立されていないジビエは目利きや評価をする仲介業者が少ない。捕獲した状況や肉の状態を把握している相手と出会わない限り、本当に美味しいジビエに出会うのは困難なのだ。
ジビエの美味しいレストランも仲良くなった猟師さんに聞いてみると確実だ。
「ジビエの味は産地に影響される部分が大きいから、好みの産地に知り合いの猟師さんができたら、卸しているレストランを聞いてみるといい。シェフが産地のファンになっていることもあって、そうすると店と産地で信頼関係ができてる。安くはないけど、味に間違いはないと思いますよ」
ジビエを自宅で楽しむなら、鹿は牛肉料理、猪は豚肉料理を参考に
美味しいお肉が手に入ったら、その味を最大限に活かして楽しみたい。ジビエを知り尽くした興膳さんのおすすめの食べ方を聞いてみよう。
「鹿はしゃぶしゃぶにするとあっさり食べられますよ。天ぷらにしてもいい。王道はジャーキーかな。僕も趣味で自作のジャーキーを作っています。肉に味付けしたら、市販の乾燥機でひたすら乾燥させる。簡単にできますよ。ステーキにするときはそのままだとパサパサになるので、低温調理したほうがいいですね」
なるほど、鹿は牛に近いため、牛肉で美味しい料理は鹿にもおすすめということだ。では猪はどうだろう。
「鍋とかステーキが定番ですが、僕はベーコンにして楽しんでます。ブロックを塩漬けにして寝かせてから燻製すると美味しいんですよ。バーベキューしながら桜のチップで6時間くらい燻すといい色に仕上がります」
「猪の脂は豚ほどくどくないし、ドングリを食べてるから香ばしくて美味しい。自分で肉を選べるときは、真っ白い脂のものを選ぶといいですよ。食べているもので脂の色は変わるんですが、明らかにピンクのものは、脂が肉に溶けてなくなっている段階です。ないよりはいいかと思うこともあるけど、肉選びのときのひとつの基準になります」
管理された牛や豚などとは違い、個体の品質も捕獲量も自然に大きく左右される中で、本当に美味しいジビエに出会うのは簡単なことではない。興膳さんのアドバイスを参考に、今年の冬はいつもより美味しいジビエに出会って、いろいろな楽しみ方にチャレンジしたい。
興膳 健太 郡上里山株式会社 代表取締役
1982年福岡県生まれ。福岡大学から岐阜大学地域科学部に編入し、まちづくり活動について勉強していたとき郡上市を知る。そのとき知り合った移住者の先輩たちの姿に憧れて2007年に郡上へ移住。里山が抱える獣害の問題と向き合い、猟師の仕事を多くの人に知ってもらいたいという思いではじめた「猪鹿庁」の活動が全国的な注目を集める。