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シェフたちの熱量が満ちるキッチン。緊張感漂うレストランの舞台裏|服部陽平のトスカーナ修行記

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料理の世界に魅せられ、自らの腕を磨くためそれぞれの食の本場へ修行へ赴く料理人たち。国や地域の文化や歴史がつまった一皿に向かいながら、料理人たちは何を思い、何を体験しているのだろうか。今回の連載の舞台は美食の国イタリアはトスカーナ。現地のミシュラン一つ星付きレストランで修行を積んだ料理人・服部陽平氏が、現地での経験を記す。

料理の修行のため2019年に向かったイタリア・トスカーナ州では、ミシュラン一つ星のイタリアンレストランで一日中働く日々が待っていた。配属されたのはアンティパスト部門。現地のスタッフとともに朝から晩まで料理と向き合う、密度の濃い時間を過ごすことになる。(前回までの記事:第1回第2回)。

洗練された店内の飾り付け

 

私が働いていたリストランテのLunasiaでは、11時30分が毎日の賄いタイムだった。基本的にはパスタやリゾットなどの調理を担当するプリモ部門が作ってくれたパスタと、手の空いている部門が作ったサラダ、そして簡単なおかずなどを各自がとっていくシステムだ。

レストランに併設されているホテルの朝食ルームに長卓を並べて、スタッフ全員で食事をする。イタリア人はみんなで食卓を囲むことを大切にしているため、例えお腹が空いていなくても、サラダだけを食べている人もいた。

近くに座った人と会話を楽しむのだが、食事が終わった際、私はイタリアにはない「ごちそうさま」の意味をスタッフたちに説明することが多かった。

ランチ後はピカピカに掃除をした後、つかの間の休息を

ビアンケッティ(生しらすのレモンソース添え)

賄いの後は12時から仕事を再開する。ランチは予約客がほとんどで、12時30分から13時にかけて来店することが多かった。それまでに仕込みをひと段落させ、ランチ営業の準備をしていく。

ランチはコース料理がほとんどだったため、料理を出し終えたら順次片付けを行う。そして夜の営業に向けた仕込みが終わると、14時30分頃から一斉に掃除を始める。

戸棚や引き出しなどが全てステンレスのため、それらを2種類の洗剤を使い拭き、ピカピカに磨きあげなければならない。床を全て掃いていくと掃除だけで1時間以上かかっていた。

掃除が終わるのは15時30分から16時頃。ここで休憩となる。散歩をしたり家に帰って昼寝をしたりと、それぞれのスタッフが思い思いに時間を過ごしていた。

キッチンの躍動感を感じるディナータイム

マリナータ・マリーナ(牛肉の海水マリネ)

夜の仕事は17時30分から始まり、営業に向けた最後の仕込みをしていく。18時30分から19時の間に賄いを食べ終えて食材の最終チェックや調理器具の配置を整え、20時の営業開始に備える。

20時を過ぎると、穏やかなキッチンの様子はがらっと変わる。ホールスタッフがキッチンに入り、来店したお客様の卓番と人数を伝えていく。それと入れ替わるように、ホール長がシェフにオーダー表を渡す。

「comanda!(注文だ!)」シェフのキッチンに響く声と共に、緊張が走る。夜のメニューはアラカルトや内容を選べるコースもあるため、内容をしっかりと聞いて覚える必要があった。卓番とオーダーをシェフが立て続けに読み上げていく。

一拍置いて「Si,chef!(はい、シェフ!)」とスタッフ全員で声を合わせて返事をする。それはまるで軍隊のような感覚だった。もちろん声が揃わなかったり小さい場合は、返事がやり直しになる。そしてすぐにそれぞれが調理に取り掛かる。

ジェラート・ディ・カルチョーフィ(アーティチョークのジェラート)

シェフはホールの様子を聞きながら、料理の提供タイミングなどすべてをコントロールしていく。私は主に魚や肉を調理するアンティパスト部門の担当だ。

「アンティ、5番テーブルに出せ!そのあと8番テーブル用の準備をしろ!」。「はい、こちらは準備できています!」。威勢の良い掛け声がキッチン中を飛び交う。料理をつくるタイミング、提供するタイミングなど、頭で考えながら動くことが常に求められていた。

そんなやりとりをしながら調理をすすめ、仕上がった食材やソースを全てキッチン前部にある盛り付け台に持っていく。並べた皿に料理を盛り込み、最後にハーブや花を添えてベルを鳴らす。するとホールスタッフが取りに来て、お客様のテーブルに料理が運ばれていく。

丁寧な掃除で1日を締めくくる

バールでスタッフたちと癒しのひと時を過ごす

ひたすら調理を続けてひと段落すると、時刻は22時30分を過ぎている。

料理を出し終えた部門順に片付けを始める。棚なども磨き上げたら他の部門を手伝いに行き、掃き掃除に取り掛かる。その後キッチンの床に水を流しブラシで擦り、水を切って終了となる。昼以上に時間をかけて丁寧に掃除を行う。

その後同じ部門の「カーポパルティータ」と呼ばれるシェフ、ファビオと翌日の仕込みを確認し、食材を発注をして1日が終わる。着替えて外に出ると日付が変わっている。

一日中レストランに篭りきりではあるが、とても濃い毎日を過ごしていた。日曜の夜、週一度の休日前はスタッフたちで近くのバールへ飲みに行くことが癒しだった。

服部 陽平
料理人。千葉県の語学学校を卒業後、料理の道に進む。イタリアンレストランや和食店を経て、2019年にイタリアへ。トスカーナ州のミシュラン一つ星レストラン「Lunasia」で修行を積み、2020年に帰国。料理の歴史や文化をたどることが好き。