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魔法のような料理と出会い、トスカーナに向かう。|服部陽平のトスカーナ修行記

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料理の世界に魅せられ、自らの腕を磨くためそれぞれの食の本場へ修行へ赴く料理人たち。国や地域の文化や歴史がつまった一皿に向かいながら、料理人たちは何を思い、何を体験しているのだろうか。今回の連載の舞台は美食の国イタリアはトスカーナ。現地のミシュラン一つ星付きレストランで修行を積んだ料理人・服部陽平氏が、現地での経験を記す。

世界の美食家たちを唸らせる美食の国、イタリア。日本の大学を卒業してからイタリアンレストランや和食店で経験を積んだ私は、30歳を迎える2019年にイタリアへ渡った。残念ながら新型コロナウイルスの拡大をうけ、2020年にはイタリア全土の都市封鎖が決定。3月に帰国する運びとなったが、料理人として現地で受けた感銘や驚き、そして食の魅力を今回からの連載でお伝えしたい。

笑顔を灯す料理人になる

人を笑顔にしたい。私が飲食の道を歩み始めたのは、そんな純粋な気持ちがきっかけだった。

料理が特別好きだったわけではない。包丁が上手に使えたわけでもない。仲間と盃を交わし、将来の話に花を咲かせながら、大好きな唐揚げを試行錯誤して作った学生時代。おいしい料理とお酒があれば、その場に笑顔が灯る。そんな素敵な空間をつくる料理人になりたいという気持ちは、とても自然に生まれてきたものだった。

私の料理人としてのスタートは、都内のイタリア料理店から始まった。トマトスパゲッティが好きだというシンプルな理由で働くことを決めたこちらのお店は、イタリアでは「トラットリア」という種類に分類される大衆向けの小さなレストランだった。主に南イタリア料理を中心に提供し、素材を活かしながら、その土地に根付く味を伝えていく。

イタリア料理と一口に言っても、地域や州、県ごとに様々な違いがある。一括りにするのは難しいが、南イタリア料理は全体的にあっさりとした味付けが多く、肉や魚のほか、野菜やトマトソース、オリーブオイルを使った料理が特徴といえるだろう。

料理にはその土地の歴史と文化がつまっている

南イタリアの郷土料理を得意としたレストラン

厨房スタッフとして働き始めてから特に苦労したのが、料理名を覚えることだった。素人同然の私には何が何だかさっぱりわからず、呪文のように感じてしまう

指示された料理名を毎回のように聞き返して確認するが、時には間違えてしまうこともあった。厨房の流れを止めてしまうのが迷惑ではないかと悩み、焦ってしまっていた。

そんな自分をみて、シェフがかけてくれたこんな言葉がある。「イタリア料理の名前には全てに意味がある。調べながら覚えていくと、イタリア語の勉強にもなる」「ひとつひとつの料理が作られた背景や歴史そして文化を知ると、食材や料理の成り立ちがわかってくる」。

当時の私にとってイタリア料理とは「イタリアで食べられている料理」という認識でしかなかった。だがただの名称としか捉えていなかった料理名にも、きちんとした意味がある。

どうしたら皿洗いが早くなるのか。教えてもらったレシピを早く覚えるにはどうしたらよいのか。料理人としての仕事を作業としてしか捉えられずにいた自分が、料理そのものに次第に意識を向けるようになっていった。

現地で出会ったイタリア料理の新しい魅力

シチリア州には地中海気候の明るい天気が広がる

都内のイタリア料理店で働き始めてから約4年が経った2015年。本場の味を追い求めて、イタリアのシチリア州へ向かった。イタリア最大の州にして地中海最大のこの島は、これまで私が調べてきた料理の歴史や文化のなかで、最も強く惹かれるものがあった。

シチリア州は様々な侵略者に支配された過去をもち、それぞれの食文化を取り入れながら独自に形成された食文化が根付いている。そして何よりも、美味しいと感じる料理やワインが一番多かった。

現地でみた光景はとても鮮やかだった。獲れたての魚や収穫したばかりの野菜を売る店が雑多に立ち並び、威勢の良い男たちの掛け声が街に飛び交う。軒先に張られたテントの下に簡易的に広げられたテーブルの上に、プラスチックの皿にドカっと盛られた前菜やパスタが置かれていた。

現地の市場にはいくつもの種類のレストランがあった。ストリートフードと呼ばれる軽食を提供する屋台。家族経営のトラットリアなのだろうか、小学生ほどの子供が調理場と店内を行ったり来たりしている店もある。料理はどれも地味だが素朴で、私が憧れ続けていたイタリア料理がそこにあった。

これまでのイタリアンの概念を変えた一皿

日本でお世話になったシェフに紹介してもらったミシュラン星付きのリストランテも訪れた。リストランテとは、一般的には高級レストランとして分類されている。豪華な内装や洗練されたカトラリーから、料理に対する期待が膨らんだ。丁寧な盛り付けや細工がほどこされた皿の数々が、次々とテーブルを埋め尽くしていく。

トラットリアで提供されるような昔ながらの郷土料理を、現代の技術で新たに組み直し、皿に落とし込んでいる。目にも鮮やかな彩りで、小さなポーションでありながらも奥深く計算された味わい。衝撃的だった。魔法のようだった。その場で食べた料理の数々が、イタリア料理の新しい魅力を教えてくれた。

今まで学んできた郷土料理の数々を、私はどのように変えることができるだろうか。料理にかける、一皿にかける魔法を学びたい。次第に私はイタリア本場のレストランで働きたいと思うようになった。

旅から日本に戻った後は、知り合いの店で和食を勉強させてもらうことにした。イタリア人に食べてもらうために、日本の料理も作れるようになりたいと考えたからだ。生産者との繋がりや料理人としての在り方などを教えてもらい、再びイタリアを目指した。

魔法の基礎を学ぶ日々

現地の料理人たちと厨房に並ぶ日々

2019年、私は学生ビザを片手に再びイタリアのトスカーナ州へ向かった。日本にあるイタリアの留学斡旋機関を通じて学生ビザを取得すると、イタリアへの長期滞在が可能となる。現地の語学学校ではイタリア語を学べるほか、現地のレストランで働きたい場合は仲介をしてくれることもメリットだった。

私が通った語学学校では、外国人を働かせてくれるレストランのリストも用意してくれていた。しかしリストには町のトラットリアが多く、私が修行したいと考えていたリストランテはほとんど記載されていなかった。

担当の方に頼み込むと、海沿いの町の一軒のリストランテが見つかった。シェフに連絡を取ってみたところ「まずは来てみてくれ」との返事が。早速予定を合わせて現地に向かうと、ホールのスタッフが笑顔で迎えてくれた。そしてすぐにキッチンにお邪魔することになる。ここはミシュランで一つ星を獲得した「Lunasia」だった。

自動ドアが開くと、息を飲んだ。近未来を思わせるようなブルーとシルバーで統一された奥に広いキッチン。10人以上はいるであろうスタッフ。これまで少人数のスタッフとともにオープンキッチンで働いてきた私にとっては、すべてが新鮮だった。

「こんにちは」。少し奥でシェフが声をかけ手招きをしている。スタッフたちは見たこともない機械で、見たこともない料理を作っていた。厨房のいたるところに目を配りながら一歩、また一歩と踏み出すたびに、このキッチンで働きたいという思いが強まっていく。

シェフと話をしてみると、ちょうどスタッフが4人ほど辞めるため、ポジションに空きができるとのこと。これまでの日本での調理経験を伝えると、すぐにこれからの仕事内容や勤務時間などの確認に入った。そして数分後にはシェフと握手を交わし、2週間後からここで働き始めることが決まった。

こうしてとうとう、イタリアの郷土料理をリストランテの料理に変化させる、魔法の基礎を学ぶ日々が始まったのだ。

服部 陽平
料理人。千葉県の語学学校を卒業後、料理の道に進む。イタリアンレストランや和食店を経て、2019年にイタリアへ。トスカーナ州のミシュラン一つ星レストラン「Lunasia」で修行を積み、2020年に帰国。料理の歴史や文化をたどることが好き。