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イタリア人も魅了する、日本の包丁の魅力|服部陽平のトスカーナ修行記

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料理の世界に魅せられ、自らの腕を磨くためそれぞれの食の本場へ修行へ赴く料理人たち。国や地域の文化や歴史がつまった一皿に向かいながら、料理人たちは何を思い、何を体験しているのだろうか。今回の連載の舞台は美食の国イタリアはトスカーナ。現地のミシュラン一つ星付きレストランで修行を積んだ料理人・服部陽平氏が、現地での経験を記す。

Lunasiaで働くスタッフやシェフたちは、日本の包丁に強い関心を抱いていた。「包丁は料理人の魂」と呼ばれるほど、料理人にとって包丁は重要な存在である。彼らに請われ、日本製の包丁の持ち味や種類の違い、扱い方や研ぎ方を教えていると、ミシュラン星付きシェフであるルカに包丁研ぎを依頼されることに。(前回までの記事:第1回第2回第3回第4回

イタリア人シェフたちも愛用する、日本製の包丁

私が修行をしていたレストランのLunasiaには、シェフをはじめとして、日本のことが好きなスタッフが多く集まっていた。訪日経験のあるスタッフも数人いて、彼らの日本の魅力を聞くと、目を輝かせながら語ってくれた。

日本の食べ物や文化、自然の景色や街中の人混み。日本人である私たちが普段何気なく見過ごしているものも、彼らにとっては全てが特別に感じるという。その中で、日本で作られた包丁も一つの魅力であることを知った。頑丈な作りと繊細な切れ味は、Lunasiaのスタッフたちを虜にしていたのである。

仕事の休憩中はよく包丁の話題になった。「ヨウヘイ、包丁を見てくれ。このブランドを知ってるか?」。アンティパスト部門のシェフ、ファビオが得意げに包丁を見せてきた。

 それは日本でも特に有名な「Misono(ミソノ)」という洋包丁のブランドで、私も同じブランドのものを使用していた。「これは友人が日本に行った時に買ってきてもらったんだ。正真正銘の日本製だぜ!」。ステンレスの刃は減っているが、丁寧に使い込まれ、愛用していることがわかった。

ファビオは10年以上、ミソノの包丁を使っているという。手入れをすると切れ味が長く続き、刃と柄の重さのバランスもちょうどいいらしい。

イタリア人スタッフたちにも人気の高い、日本製の包丁

刃の種類などによって、包丁の魅力が異なる

ファビオはその他に2本の日本製包丁を持っており、どうやって入手したのか、どれほど気に入っているかなどを私に語ってくれた。すると包丁話に興味をもったスーシェフのシモーネが会話に入ってきた。

「俺の包丁は大阪のものなんだ。とても高かったけれど、間違いなくその価値はあるね」。そう言って取り出したのは、やはり日本製の包丁だった。両刃の包丁でありながら、見た目は洋包丁のようなステンレスとは違う。鋼を使用しており、錆が浮きづらいように黒く加工されたものだった。

「カッコいいだろ?これは3年前に日本を旅行した時、どうしても欲しくて買ったんだ」。シモーネは日本が大好きで、過去に3回日本に旅行したことがあるらしい。その度に包丁を探し、とうとう気に入ったものを見つけたという。

「ヨウヘイの包丁も見せてくれよ!」。ファビオとシモーネは興味津々だった。私は普段使っている牛刀を見せ、ファビオの包丁と同じブランドだということを話した。すると「俺もヨウヘイも日本人だからな!」と、ファビオは満面の笑みを見せた。

さらに私は、薄刃と柳の二本の和包丁と、洋包丁の出刃を取り出した。基本的に和包丁は片刃、洋包丁は両刃という違いがある。片刃はそのまま切ろうとすると左側に食い込むため慣れないと少々使い辛いが、食材に刃が入りやすく、とても綺麗に切れる特徴がある。

「かっこいいな!」とシモーネが目を輝かせながら柳包丁を手に取る。「カタナ!ニンジャ!」。まるで絵に描いたように興奮して喜んでいる。

ファビオが薄刃を手に取ると、試しに使ってみたいとお願いしてきた。承諾すると、彼は両手を胸の前で合わせ「アリガトウ」と言ってお辞儀をした。日本が好きだという気持ちが滲み出ていた。

彼は冷蔵庫から野菜の切り残しを取り出し、私の薄刃で切り始めると、すぐに驚いた様子で聞いてきた。「なんでこんなに切れるんだ!?」。私は日本の包丁の魅力を伝えるため、イタリア語の単語をさらに覚える日々にとても苦労することとなった。

それぞれの包丁がもつ異なる特徴

 

イタリア人に包丁の研ぎ方を指導するシーンも

スタッフが日本の包丁に興味をもっていることがわかり、包丁に関する専門用語や単語を調べながら、彼らに説明する日々が始まった。仕事の合間や仕事終わりなどに、和包丁と洋包丁の作りや素材の配合の違い、手入れの違いを身振り手振りを使って話していく。

彼らは「ゆっくりで大丈夫だから」と言いながら真剣に聞いてくれた。そしてたまに出る質問によって、私自身も改めて気付かされる違いなどがあり、とても勉強になった。

やがて話題は刃物の研ぎ方へと移っていった。簡単に和包丁と洋包丁の研ぎ方の違いを説明する。するとファビオもシモーネもちょっと待ってくれと言い、それぞれの道具置き場から砥石を持ってきた。

「包丁を買う時に一緒に買ったんだ」「俺のも見てくれ」。

私は彼らが砥石を所持していることに驚いた。というのは、イタリア人は包丁を研ぎ屋に出すことが主流だと聞いていたからだ。しかし彼らは研ぎ方がわからず、ほとんど使ったことはなかったらしい。

仕事後や空いている時間を使って、包丁研ぎの講義が始まった。包丁を研ぐ時の持ち方から、力の入れ具合や角度など、一から教えていく。「こうか?」「いや、こうだ」「こんな感じ?」。キッチンの一角に集まりわいわいやっていると、他のスタッフや研修生たちも興味があるようで、それぞれ包丁を持ってきた。

ミシュラン星付きレストランのシェフから、まさかの依頼をうける

イタリア料理の制作過程では、日本の包丁が活躍していた

仕事の合間に開催される包丁研ぎ教室は、あっという間に一週間が経過しようとしていた。それぞれ最初よりも力の抜き加減や角度などが様になってきている。あまり使っていなかった包丁を研ぐ者、メインで使っている包丁を研ぐ者、練習として今は使わなくなった包丁を研ぐ者など様々だった。

「俺の包丁は最高の切れ味だ!」「いや、俺のも負けてないぞ!」

いつものように賑やかに話していると、シェフのルカがやって来た。私が包丁を研いでる姿をじっと見ている。「シェフ、何かありますか?」。手を止めて聞くと「いや、何もないよ。続けてくれ」と、しばらく私の研ぎを見ていた。

ルカは日本のレストランで数ヶ月研修をしていたという。もちろん日本の包丁も持っていたし、日本への造詣が深いことはわかっていたので、若干緊張しながらも包丁を研ぎ終えた。するとルカが口を開いた。

「俺は日本にいた時に色々な人の包丁研ぎを見た。だがみんなそれぞれやり方が違っていたんだ。どうしてだ?」。

私は使っている包丁による違いや個人の癖があること、さらに、しっかりと研げるようになるまでは練習が必要であることを説明した。するとルカは自身の包丁と砥石を持ってきた。

「ヨウヘイ。俺も実は日本で包丁を買ったのだが、難しくてあまり使っていないんだ。今日時間がある時に一度研いでくれないか?」。なんと私はシェフの包丁も研ぐことになってしまった!

私は基本的に自分の包丁を人に貸すことも、人の包丁を借りることもしないので、人が使う包丁を研ぐことはとてもプレッシャーだった。更にシェフの包丁となれば、失敗するわけにはいかない。

「わかりました、シェフ!研いでおきます」。断るわけにはいかないので、すぐに返事をする。横目にファビオを見ると、ニヤニヤと笑いながら「ヨウヘイ、お前はセンセイだ!」ポンポンと肩を叩いてきた。

仕事の合間を縫って、ルカの包丁を慎重に研いでいく。彼の包丁は「ダマスカス」という、木目のような美しい模様が入った鋼なのだが、研ぐ角度を間違えると模様に傷が入ってしまう。こんなに緊張しながら包丁を研いだのは初めてだった。

何度も砥石を滑らせて、少しずつ切れ味を確認する。ファビオとシモーネが口々に「慎重にな!」とプレッシャーを与えてくる。普段であればそんなに時間をかけずにやる作業なのだが、たった一本の包丁を研ぐのに膨大な時間を費やしてしまった。

「シェフ、チェックをお願いします!」。ルカは包丁を受け取ると、厳しい目つきで刃先を見定め、切れ味を確認している。緊張のあまり、その時間がとても長く感じられた。そして厳しい目つきで私を呼んだ。

「ヨウヘイ・・・」。まずい、何かあったか?と思った瞬間、ルカは満面の笑みになった。「ありがとう!とてもよく切れるようになった!」。その言葉を聞いて、全ての力が抜けそうになった。

ホッとした私はいつもの倍以上疲れながら、帰宅しようとした。するとルカは「またお願いするよ」と声をかけてくれた。シェフから信用してもらえたのがとても嬉しかった反面、その責任をとても重く感じたのも事実である。

服部 陽平
料理人。千葉県の語学学校を卒業後、料理の道に進む。イタリアンレストランや和食店を経て、2019年にイタリアへ。トスカーナ州のミシュラン一つ星レストラン「Lunasia」で修行を積み、2020年に帰国。料理の歴史や文化をたどることが好き。