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「観る」

バターの香りと「ジュリー&ジュリア」|映画ごはん論

「観る」

映画に登場する料理は、なぜ、こんなにも人を惹きつけるのだろう。家族で囲む素朴な食卓、レストランでふるまわれる特別な一皿。食べる楽しみをいきいきと描いた映画を観ると、心が躍って、思わずお腹がすいてくる。
名作映画は数あれど、グルメシーンが魅力的な、おすすめの映画をご案内。

『ジュリー&ジュリア』発売・販売元:ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント

1949年、パリ。
街のレストランで、夫婦が陽気に料理を待っている。ウエイターに運ばれてきたのは、まだフライパンの中で熱々な舌平目のムニエル。

「バターね」
はっとした表情の後、満足そうに香りを楽しんだジュリア・チャイルド(メリル・ストリープ)は呟いた。ウェイターが慣れた手つきでヒレと骨をはずし、大きな銀色のお皿に盛り付けて、バターソースたっぷりの一皿に仕上げる。色添えはパセリ。焦がしバターと小麦粉の焼けた、香ばしい香りがこちらまで漂ってくるようで。冒頭から、惹きつけられるシーンだ。

ところで、ジュリア・チャイルドをご存知だろうか?

映画「ジュリー&ジュリア」は、2人の女性を描いたストーリー。ジュリーもジュリアも実在の人物がモデルになっているのだが、ジュリア・チャイルドは、アメリカでは知らない人がいないほど有名な料理研究家。映画に登場する、「Mastering the Art of French Cooking(王道のフランス料理)」(初版1961年)をはじめ、様々なレシピ本を手掛けたほか、フランス料理の魅力を紹介する料理番組「The French Chef」(1963~1973年放送)の司会に抜擢されるや否や、お茶の間の人気者に。お高くとまったイメージのフランス料理をアメリカの一般家庭に普及させた功績で料理界で評価を受けるだけでなく、エンターテイメントの世界でも愛された、チャーミングで魅力に溢れた人物なのだ。

場面は変わって、およそ50年後の2002年、ニューヨーク・クイーンズ。
仕事を終えたジュリー・パウエル(エイミー・アダムス)が、ピザ店の2階に借りたアパートへ帰ると、エプロンをしめて、キッチンに立つ。

「何もうまくいかない日ってあるでしょ?虚しい日が。そんな日でも家に帰って、チョコと砂糖とミルクと卵の黄身を混ぜると、確実にクリームになってホッとするの」

帰り道で頭に浮かんだチョコレートクリームパイや、カリカリに焼いたバケットのブルスケッタ。食べたいものを自由に作り、夫や友人と美味しく食べる。これが、ジュリーのガス抜きの時間。彼女は、ジュリアの料理本「王道のフランス料理」の熱烈な愛読者の一人であり、ジュリアに強く憧れていた。そしてある日、ジュリーは「王道のフランス料理」に掲載された524ものレシピを1年間で全て作り、その様子をブログに綴ろうと思い立つ。レシピを通してジュリアの背中を追ううちに、停滞していたジュリーの人生は、少しずつ動き出すのであった。

ジュリアもジュリーも、そしてその夫達も。彼女達はみんな、筋金入りの食道楽。楽しく美味しく食べることに長けた彼女達によって、この映画には魅力的な食事場面、料理場面が散りばめられている。その中でも、背徳感のある美味しいシーンは、たまらない。出来立て熱々料理のつまみ食い、ホールのままフォークを入れて頬張るチョコレートケーキ、そして、バターをたっぷりと使ったフランス料理。ほんの少しの後ろめたさが、美味しさを何倍にもする。

例えばジュリーが朝の5:30から起き出して、アーティチョークをディップするオランデーズソースを作るシーンがあるのだが。冷蔵庫を開けた時、豆腐一丁くらいのバターがそこへ鎮座していたのには驚いた。フランス料理に使用するバターの量は、私の想像をはるかに超えていた。ホットケーキに一切れのバターを乗せるだけでも、そのコクのある香りと味に幸せを感じ、100gのバターを購入しては、ちまちまと楽しむ私にとって、これでもかとバターをフライパンに置いて、ジュワジュワと溶かしていくジュリーやジュリアの大胆さは、気持ちが良いくらい。食べたいものを、食べたいだけ、食べたい時に食べる。そんな当たり前の幸せを、再発見できた。

ジュリー&ジュリア
監督:ノーラ・エフロン
原作:ジュリー・パウエル
出演者:メリル・ストリープ、エイミー・アダムス、スタンリー・トゥッチ、クリス・メッシーナ、ほか
製作年度:2009年
製作国:アメリカ
配給・DVD販売(日本):ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント