【現地レポート】追い込まれるビール醸造所、需要の高まるオーガニック肉―ドイツの食はどう変わったか。
今春、EAT UNIVERSITYでは、新型コロナウィルスの影響下、様々な制限がある中で人々がどのように食を楽しんでいるか、イギリス、イタリア、スペイン、ドイツ、それぞれの国の状況を現地レポートとして発信した。それから半年以上が経った今、コロナ前とはすっかり変わった環境の中で、現地の人々は毎日どのように食と向き合っているのか。前回、トイレットペーパーケーキが流行するドイツの様子をレポートしてくれた、ドイツ在住の駒林歩美氏に、現在のドイツ国民の食について再度レポートしてもらおう。
春のコロナ第一波の到来を受け、その適切な対応が世界から称賛を受けたドイツ。現在は第二波の影響を受けて感染者が急増し、暗くて寒い冬を前に、11月から再び厳しい処置が敷かれた。ジムなどのアマチュアスポーツ施設や劇場などの文化施設に加えて、飲食店も閉鎖されている
ロックダウン後、屋外での食事を楽しむ人々
ドイツの人々はルールに従う人たちだと言われる。3月に始まった春のロックダウンが明ける頃には、コロナウィルスへの感染予防措置として様々なルールが細かに設定された。店舗や公共交通機関を利用する際のマスク着用義務を始め、飲食店を利用する際に客は店舗に連絡先を残し、店舗はその連絡先を2週間保存することが定められた。もちろん、どこもかしこも頻繁に消毒されていた。
その後、飲食店への客足はなかなか戻らなかったが、屋外のテラス席の座席数を大幅に増やすことが許可されると、ドイツの夏の風物詩であるビアガーデンがあちこちに設置され、人々は明るい時期に屋外の席で飲食を楽しむようになった。
私の住む街では、公園の周囲にあるレストランがこぞって公園の敷地内に席を出していた。天気の良い日の公園のテラス席で食事をするのは最高に気持ちがよく、とても贅沢な気持ちになった。
涼しくなってからも風通しの良い屋外でなるべく食事ができるようにと風を避けられるテントや屋外用のストーブが準備されつつあったが、秋以降の急速な感染拡大には逆らえず、11月2日からは飲食店における持ち帰りか配達以外の営業は全て禁止されている。閉鎖は取り急ぎ4週間と言われていたが、12月に入ってからも十分に感染状況が改善せず、12月いっぱいの営業禁止も決まった。
ドイツの伝統・ビール業界の危機
この他にコロナ危機で大きな影響を受けた業界として、ビール業界が挙げられる。
ロックダウン中は飲食店が閉店されたため、2020年前半の家庭向けビールの売上は昨年に比べて大幅に増加した。ニールセン社の調査によると、2019年前半と比較して人口1人当たり8本のビール(1本330ml換算)分多く、1人当たり38.6 リットル分のビールが今年前半だけで購入されたらしい。
これだけ聞くとドイツのブルーワリーは今年たくさん利益を出したように聞こえそうだが、実はドイツの多くのブルーワリーが経営危機に瀕している。
というのは、ドイツで有名なオクトーバーフェストを初めとする、地域のフォークフェスティバルが今年は軒並み中止されてしまったからだ。ドイツでは各地で夏祭りと秋祭りが開催され、人々は豪快にビールを飲み干す。ビールの大量消費の場が全国で軒並み消えた。
なお、その地域の祭りでどれくらい人々がビールを飲むのか想像してもらうために、私の住むパダボーン市(人口15万人)の夏祭りの例を上げよう。
夏の2週間、町の中心部には地元のブルーワリーの巨大なビール樽が毎晩設置される。ハーフリットルの大きなジョッキを抱えた人々が長い行列に並んで、樽から直接ビールを注いでもらい、その場でビールを家族や仲間で飲むという伝統的な行事がある。
このビール樽は毎日1.5時間で終わってしまうのだが、町の中心部にはあちらこちらにビールの屋台が設置されており、どこも人でごった返している。街中のあちこちにコンサートやイベント会場が設置されるので、ビールを片手に持った人々が、音楽などに興じているのだ。子ども向けの遊園地などもあるのだが、まさに「ビールの祭り」といった印象だった。(本来の由来は、キリスト教の聖人を祀る行事だったはず)
しかし、2020年は感染防止のためにこのような大規模な夏祭り・秋祭りの行事が全てキャンセルされた。家庭でのビール消費が増えても、大勢の集まるパーティーなどの行事の実施も制限され、レストランの休止期間もあり、全体の消費量は落ちた。
政府の調査によると、2020年前半だけでビールの消費は、昨年同時期比で6.6%、量にして3億リットル減少し、ここ30年で最小量を記録した。ドイツビール醸造場協会の調査によると、2020年前半のビールの売り上げは少なくとも14%減少し、苦境に追い込まれたブルーワリーが少なくなかった。4〜5月だけで見ると売上が7割も減少したとも言われ、特に家族経営の小規模ブルーワリーは非常に苦戦を強いられた。元々資金的余裕がなかったところは、夏祭りも中止ということで1年を乗り越えられないだろうと判断し、休業や廃業を決めたところも少なくなかった。
バイエルン州の、400年以上の歴史を持つというヴェーネック醸造所もその一例だ。コロナパンデミックを機に早々に廃業を決意した。同社がFacebookで公開した廃業に向けてのメッセージビデオは話題となり、多くの人の悲しみを誘った。
ビールはドイツの文化に刻まれた伝統の一つだ。ドイツには大小合わせて1,300程度のビール醸造所があると言われるが、地域に長く根付いたブルーワリーが各地に存在する。コロナ禍で廃業等に追い込まれたところが少なくなかったことで、ビール業界も今後統合が進むと言われている。全体から見たら効率化は進むのかもしれないが、何とも寂しい話である。
なお、家で飲む機会が増えたからなのか、健康志向からなのか、アルコールフリービールの消費量が増え、過去最高を記録しているという。
健康志向、さらなるオーガニック志向へ
コロナ第一波で早々に感染者数を抑制したドイツだが、複数の食肉工場でコロナの大量感染が見られた。そして、状況が落ち着いていた2020年6月にドイツ北西部のギュータスローにある食肉工場で1,500人以上もの従業員が感染するという大事件が起き、国中に衝撃が走った。
感染したのはルーマニアやポーランドなどの東欧の国々から派遣労働者としてやって来ていた労働者で、大量感染を機に、彼らが長時間に渡り低賃金で劣悪な環境下で働かされていたことが発覚し一大スキャンダルとなった。食肉工場は現代の奴隷制であるという批判が高まり、当該精肉業者に対して政府の監視や改善命令がすぐに入った。
そして、このような事件をきっかけに、肉のルーツや品質などへの関心が高まった。
連邦食品農業省によると、環境問題に興味が強いドイツは元々ヨーロッパの中で最大のオーガニック食品市場であるが、(労働者の環境向上には直接つながらないが)コロナパンデミック以降、オーガニック肉へのニーズがさらに向上しているという。
ドイツのスーパーで売られる肉には家畜の飼育形態に応じて1から4のレベルのランク分けがなされている。1が集約飼育で、数字が上がるほど家畜が自然な形で飼われている。当然ながら価格も数字が上がるごとに上がる。4はオーガニックの肉にのみつけられるラベルだが、最近はこの4の肉のラインアップが増えている。
オーガニック肉の需要が高まった理由としては、パンデミック後に人々が家に留まる時間が増え、自分の食べているものの質を気にする余裕が出て来たことが理由として指摘されている。そして、パンデミック下で地元の生産者を支援したいという消費者の思いの現れでもある。
クリスマスマーケットも実質中止
まだ毎日2万人程度の新規感染者が見つかっているドイツ。混乱した2020年の終わりであるが、クリスマスまであと1ヶ月と少しとなった。街中ではシュトレンなどのクリスマス菓子がたくさん売り出されている。
今年はドイツの冬の名物であるクリスマスマーケットも通常のように開催することはかなわなかった。政府は今夏、十分な感染対策を実施すればクリスマスマーケットの開催は禁止しないと発表していたが、その後の急速な感染拡大を受けてキャンセルを発表する市が相次いだ。かなり限られたいくつかの地域で、非常に小規模に開催する程度となっている。私の住む市でもマーケットは中止となり、飾りの限られたクリスマスツリーだけが立てられている。仕方がないものの、本来の美しさを知るだけに今年の状況はやはり淋しい。
私の住むノルドライン・ウェストファーレン州などでは、学校が例年より早くクリスマス休暇に入ることが決まった。生徒が数日家で過ごし、クリスマスに会う家族に感染させるリスクを下げることにも繋がると言われていている。クリスマスまでには感染防止規制が緩和されることを皆願っているが、2020年のクリスマスは10人程度までの小規模な集会しか許されないと言われている。
我が家は年末年始も家に留まるしかないので、夏にライン川沿いを巡った際に見つけたワイナリーから、大量のリースリングワインを取り寄せてみた、ビールのブルーワリーと同様に売上の減少で苦戦しているであろう、ワイナリーの応援も兼ねて。
クリスマスマーケットも楽しめない分、ホットワインも家でスパイスを使って作ってみようと思う。いつもと違う冬だから、いつもと違う楽しみを探してみようと思う。
駒林 歩美
歴史と緑の豊かな、ドイツ西部の小都市でのんびり暮らすフリーランサー。これまでオランダやイギリスの大学院で学び、東南アジアなどで働き、あちこちで美味しいものを探す。6カ国目のドイツでは、ソーセージなどの肉料理、ドイツパンの美味しさに目覚める。時には新鮮なシーフードを求めて欧州各国を旅するのが好き。