フランス式家庭料理と「大統領の料理人」|映画ごはん論
映画に登場する料理は、なぜ、こんなにも人を惹きつけるのだろう。家族で囲む素朴な食卓、レストランでふるまわれる特別な一皿。食べる楽しみをいきいきと描いた映画を観ると、心が躍って、思わずお腹がすいてくる。
名作映画は数あれど、グルメシーンが魅力的な、おすすめの映画をご案内。
パリのフォブール・サントノレ通り55番地、エリゼ宮。古くは貴族が暮らし、今は大統領官邸として利用される美しい宮殿の厨房で、女性シェフ、オルタンス・ラボリ(カトリーヌ・フロ)が腕を振るう。オルタンスのスタイルはいつも、ミディ丈のスカートにヒール、首元には大振りのネックレス。凛とした佇まいで、手順を口ずさみながらエネルギッシュに料理をするのがお決まりだ。
彼女はもともと豊かな自然に恵まれたフランスのペリゴール地方で小さなレストランを営んでいたが、ひょんなきっかけから抜擢され、大統領専属のプライベート・キッチンを任されることに。仕事は、大統領が客人と開くプライベートな会食の料理を作ること。
大変な美食家である大統領(ジャン・ドルメソン)は、技巧を凝らして華美に仕上げた料理は好まず、昔、祖母が作ってくれたような、シンプルでどこか懐かしい味を求めていた。男ばかりの縦社会が残る官邸の主厨房から疎まれたり、独自の仕入れに眉をひそめられたり、全てが順風満帆とはいかないけれど、最高の料理を作るため、奔走する料理人を描く。
「大統領の料理人」は、心地良く食欲を刺激する映画だ。
数々の料理が登場するが、一皿一皿の演出が洗練されて、色合い豊か。キャベツのファルシ※(1)を切り分けたり、トリュフを削ったり、クリームを絞ったり、味見をしたり。テンポの良い調理シーンにも惹きつけられる。料理人というと、シビアな世界に生きる封建主義的なイメージが先行しがちである。しかしこの作品では、料理人は皿の上を飾る芸術家であるというクリエイティブな面をとても丁寧に描いていて、軽やかな印象が残るのだ。
オルタンスが手掛けるのは、母親や祖母から受け継いだフランスに伝わる家庭の味。
例えば、エリゼ宮へ来てまず最初に作ったのは6人分の昼食。前菜はポルチーニのスクランブルエッグ、主菜はスコットランド産サーモンのファルシとロワールのニンジン、そしてデザートに出すのがサントノレ。
このサントノレは、さっくりと焼いたシュー生地を土台にして、飴をまとった小さなシューを淵に飾り、中央にカスタードとメレンゲを合わせたシブーストクリームを絞って完成させるのだが、オルタンスはシブーストクリームの代わりに「メメクリーム」を使う。フランス語で「おばあちゃん」を意味する「メメ」と名付けられたこのクリームは、パティシエも知らない、オルタンスの家に伝わるレシピ。
規律やしきたりの多い官邸で、大統領へ出す最初のメニューに「メメの味」、いわゆる「おふくろの味」を選ぶところに、彼女の大胆で自由な生き方が表れている。他にも、アスパラガスとチャービルのポタージュスープ、牛フィレ肉のパイ包み焼き、ジロール茸のクリーム煮、赤いベリーのタルトとピスタチオのヌガティーヌ。仔羊のローストとジュリアのジャガイモ、トムチーズ※(2)、ペ・ド・ノンヌ※(3)といった魅力的な料理がたくさん登場し、馴染みのないものも多いが、どのメニューにも温かみを感じる。
実は、この物語には実在のモデルがいる。1988年に女性として史上初めてフランス大統領(フランソワ・ミッテラン大統領)の専属料理人となったダニエル・デルプシュさんだ。撮影のために料理を作ったのはM.O.F(フランスの国家最優秀職人賞)の称号を持つ2人のシェフだが、レシピは全て彼女によるもので、より忠実に料理を再現するため、撮影中にアドバイスを求められることもあったとか。料理の味は届けられないまでも、料理への拘りと愛情がたっぷりと詰まったこの作品、食いしん坊のための映画であることは間違いない。
※(1)肉、魚、野菜の中に具材を詰めた料理
※(2)小型のチーズの総称
※(3)「尼さんのおなら」と訳されるお菓子。シュー生地を油で揚げ、砂糖をふりかけて作る
大統領の料理人
監督:クリスチャン・バンサン
出演者:カトリーヌ・フロ、ジャン・ドルメソン、イポリット・ジラルド、アルチュール・デュポン、ジャン=マルク・ルロ、ほか
料理監修:エリザベス・スコット
料理制作:ジェラール・ベッソン、ギー・ルゲ
製作年度:2012年
製作国:フランス
配給・DVD販売(日本):ギャガ
元ガイドブックの編集者。週末の朝、1人映画を観る楽しさにはまり、気付けば料理・食事シーンにすっかり魅了されていた。今では「名作映画に美味しそうな食べ物は付き物だ!」とまで思うように。あらすじや評判は気にせず、ジャケットデザインの好みでDVD/Blu-rayを購入する賭けを趣味とし、勝率は6割といったところ。