主役は焼き菓子?イタリア・トスカーナのクリスマスの定番とは|服部陽平のトスカーナ修行記
料理の世界に魅せられ、自らの腕を磨くためそれぞれの食の本場へ修行へ赴く料理人たち。国や地域の文化や歴史がつまった一皿に向かいながら、料理人たちは何を思い、何を体験しているのだろうか。今回の連載の舞台は美食の国イタリアはトスカーナ。現地のミシュラン一つ星付きレストランで修行を積んだ料理人・服部陽平氏が、現地での経験を記す。
ミシュラン一つ星レストラン・Lunasiaで過ごした、イタリアでの修行の日々。12月に入り、ナターレ(クリスマス)が近づくと、これまでとは異なる街の雰囲気や、イタリアならではの食と出会うことになった。(前回までの記事:第1回・第2回・第3回・第4回・第5回)
私が滞在していたトスカーナ州のヴィアレッジョという街では、ナターレ(クリスマス)が近付くに連れて、町並み全体がイルミネーションに彩られた。海沿いの椰子の木には電飾が施され、巨大なツリーも設置された。
この時期になると、パネットーネやパンドーロと呼ばれる、直径と高さ共に30センチほどの焼き菓子が、小さなお菓子屋さんの「パスティッチェリア」からスーパーまでも埋め尽くす。
パネットーネとは「大きなパン」という意味をもつ。ミラノ発祥のパネットーネの語源は、「アントニオという職人が焼いたパン」と言われている。アントニオの愛称であった「トニー」から「Pane di toni」と呼ばれ、変化していったという説が強い。
しかしそれ以外にも、風味豊かに焼き上げた中世の大きなパンが由来だという説もある。このように語源には諸説ある一方で、パネットーネは現代のクリスマスにも欠かせない焼き菓子のひとつとなっている。
パネットーネの特徴は、「パネットーネ種」という天然酵母を使うことだ。そしてふわっとしたドーム型の生地に、レーズンやオレンジピールなど、沢山のドライフルーツが入っている。パネットーネは通常、3日をかけて4回の発酵を繰り返した後に焼き上げられる。とても時間と手間がかかるが、風味豊かで日持ちがする伝統的な食べ物だ。
イタリアのクリスマスに欠かせない、伝統菓子「パンドーロ」
同じくクリスマス菓子の「パンドーロ」は、イタリアのヴェローナ発祥と言われている。こちらも名前の由来には諸説ある。特に有名なものは「Pan de oro」(黄金のパン)という意味から取られたという説で、中世に貴族たちに納められる甘いパンが由来だとされている(金箔が貼られていたという説もある)。
パンドーロにはパネットーネのようにドライフルーツは入っておらず、見た目は8角の星形で、円錐のような形をしている。購入すると大きなビニール袋も渡されることが多く、付属のバニラ風味の粉糖をかけて、丸ごとシャカシャカと振ると、まるで雪化粧をしたかのようになる。これを切り分けて食べる。
パネットーネもパンドーロも、食べ方は自由だ。朝食に食べたり、午後のカフェと共に食べたり、クリスマスケーキとして食べられる場合もある。
イタリアならではのクリスマスの過ごし方
イタリアではナターレのシーズンになると、街のほとんどの店が休みになる。クリスマス当日の12月25日は、スーパーマーケットまで閉まってしまう。そのため、事前に食料などを買っておく必要がある。
イタリア人にとってナターレは特別な存在だ。普段忙しくて礼拝できない人たちも、皆が教会に顔を出す。街中で知り合いに会えば「Buon Natale!」「Auguri!」と言いながらハグを交わす。昼は親戚同士が集まり賑やかにパーティーを開き、夜は家族で集まって静かにゆっくりと過ごす。まるで日本の正月のようだ。
私が勤めていたレストランはホテルに併設されていたため、休みはなく営業した。そしてランチ、ディナー共に、ナターレの特別コースを提供した。
イタリアではナターレ当日に「カッポーネ」という去勢鶏を食べる習慣がある。白く、肉質が柔らかいのが特徴だ。私たちはカッポーネのもも肉にハーブを巻き込み、ローストして仕上げたものをメインディッシュとして提供した。
ランチ営業が終わると、普段では考えられないが、キッチンスタッフやホールスタッフ、そしてホテルスタッフ全員で賄いを食べることとなった。長机が並べられた大広間に集まり、ビュッフェ形式で食事を楽しむ。もちろん、丸鶏のローストも提供された。
ホテルオーナーやシェフから日頃の感謝の言葉があり、その後発砲ワイン「スプマンテ」で乾杯をする。デザートはもちろん、パネットーネとパンドーロだ。仕事をしながらも本場のナターレを味わえたのは、とても貴重な体験となった。
服部 陽平
料理人。千葉県の語学学校を卒業後、料理の道に進む。イタリアンレストランや和食店を経て、2019年にイタリアへ。トスカーナ州のミシュラン一つ星レストラン「Lunasia」で修行を積み、2020年に帰国。料理の歴史や文化をたどることが好き。