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「365種類のおにぎりで、米食文化を伝えたい」vol.1 佐藤智香子さん |食の偏愛研究者辞典

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世の中には、1つのテーマに愛情を注ぎ続ける「偏愛」の人と、彼らだから発見できる「美味しさ」がある。膨大な時間と思考を1つの料理に捧げ、その美味しさを追求する人たちを、EAT UNIVERSITYでは敬意を込めて「食の偏愛研究者」と呼び、インタビューを行っていく。
第1回のテーマは「おにぎり」。書籍『365日おにぎりレシピ』(ニューズ・ライン社)を執筆し、その名の通り「1年365日分のおにぎりの作り方」を追求した料理研究家・佐藤智香子さんにお話を伺った。

日本の米どころ・新潟県で生まれたこの著書は英語版(『ONIGIRI』)に翻訳され、世界の優れた料理本を表彰する『世界料理本大賞(GOURMAND WORLD COOKBOOKAWARDS 2020)』にノミネート。見事、お米部門 世界一に輝いた。

彼女の経験と研究から、おにぎりの「美味しさ」について迫っていく。

佐藤智香子

頭を悩ませた「365日分のおにぎり」

 

365日のおにぎりレシピ

 

―『365日おにぎりレシピ』は、春夏秋冬の季節ごとに多彩なおにぎりが並んでいました。ページを眺めるだけでも楽しめますね。『365日のおにぎりレシピ』を作るに至った経緯をお聞かせいただけますか?

『Komachi』という新潟の情報雑誌でレシピ連載の枠をいただいて。日本有数の米どころで生まれ育って料理を研究しているのなら、米をテーマにつきつめてみようと「おにぎり」に決めました。

元々、私自身もお米を食べるのが好きで。連載当時は毎月10〜12種類のおにぎりレシピを雑誌用に考案していました。

―やはり、この本で驚くべき点は「365日分」という膨大なレシピ数にもあると思います。考案には苦労されましたか?

米は「五味」全てを受け入れてくれるものなので、具材が尽きることはないと思っていました。でも、さすがにレシピが200種類を超えたあたりから、頭を悩ませるようになってきて。

365日おにぎりレシピ

直売所を巡って具材探しをしたり、外で何を食べても「この具材はおにぎりに入れても美味しいのかな?」と考えたり。当時は全ての思考回路が「おにぎり」に結びついていました。

ただ、「おにぎりを通して、旬で美味しいものを食べてほしい」という気持ちがずっとあったので。季節のものをおにぎりの具に試していく工程は、とても興味深くもありました。

―「旬の食材」というのは、佐藤さんのおにぎりレシピの中で1つのテーマとしてあるのでしょうか?

実は私が料理研究家になったのも、旬の食材との出会いがきっかけでした。昔、アナウンサーとして働いていたころ、地元野菜である「大口レンコン」の農家さんに取材をしに行ったんです。

レンコンって、深い泥の中で育てるんですよ。極寒の冬、田んぼの泥水に胸のあたりまで浸かりながら収穫をして、農家の方々の過酷な生産現場を肌で感じて。そのあと、農家さんが「時間あったら食べていきな」と作ってくれた熱々の天ぷらが、本当に美味しかった。

田んぼ

新潟の田んぼの風景。豊かな自然が、美味しい食物を生む

そこで改めて、新潟って自然の豊かさをちゃんと享受できる土地なんだと気づきました。「旬の美味しいもの」を伝えたいという気持ちも強くなり、料理学校に通って研究家を目指すようになりました。

―なるほど。自然に触れた体験が、あの色鮮やかなおにぎりレシピにも現れていたんですね。

おにぎりの美味しさは「冷めても美味しいか」にかかっている

—佐藤さんがレシピ作りで意識していたことはなんでしょうか?

大前提としてあるのは、「冷めても美味しくなるように」ということでしょうか。おにぎりってやっぱり持ち歩いて食べるものなので。

例えば、動物性の油は時間が経つと油脂分が固まってしまうんです。だから野菜をバターソテーするより、オリーブオイルで炒めたり。

私のおにぎりは野菜を使ったものも多いので、水分をしっかり切って、冷めても変わらず楽しめる「食感」で具材を選んだりします。それこそ、レンコンのおにぎりも美味しいんですよ。

—具材の組み合わせに目がいきがちですが、「時間が経っても美味しいまま」であるために油を選んだり、食感を試したり、細かい工夫が隠されていたんですね。

そうですね。おにぎりは「お米の中に具を詰め込む」ことで簡単に作れるけれど、だからこそ食材の温度や、調味料や、具の相性を考えて作りあげる、奥深い1つの”料理”だと考えています。

おにぎり

あとは当然、お米にもとても気を使います。味の濃い具材にも負けないような、旨味のしっかりしたお米を選ぶと、具材の塩味と、お米の旨味・甘みのバランスが良くなります。

—レシピを研究する中で、「おにぎりにぴったりなお米」はありましたか?

「コシヒカリ」は旨みが強くてとても美味しいお米です。レシピ本でも、基本的に「コシヒカリ」を使って作っていきました。

土鍋ご飯

また、ここ数年は空前の「ブランド米」ブームで、たくさんの品種が生まれています。全国各地、「お米の戦国時代」と言えるでしょう。例えば、新潟には「新之助(しんのすけ)」というブランド米があって、こちらもおにぎりに向いています。

米の旨味が強いので冷めても美味しいし、それに粒が大きいんです。表面積が大きい分、具材の味や、調味料の味をよく吸収してくれるなと感じました。混ぜ込みご飯なんかにも合いますね。

—粒の大きさも、美味しさに影響があるんですね!

それから、炊く時のお水も重要です。実はお米が一番水分を吸うのって、最初に水につけて洗う時なんです。みなさん炊く時に入れる最後の水にミネラルウォーターを使ったりするけれど、本当は最初もミネラルウォーターなどで洗米してあげた方が良い。そのほうが雑味が無くなります。

あとは、炊けたらすぐ混ぜること。お米は一度空気に触れると、表面がベタつきづらくなります。こうなると握りやすいし、口に運んだあとにふわっと解けるようにお米が崩れてくれるんです。

—お米を口に入れた時の食感まで気にするんですね!お寿司も「米の解け方が重要」と言いますもんね。

レシピ本を通して、「米食文化」を伝えていく

—365日分のレシピを考案されただけあって、「おにぎり」に対する考察がとても深くて面白いです。

本当は、おにぎりってすごく身近でみんな知ってるものですけどね。今、「若者の米離れ」とも言われているらしくて。確かに毎日お米を炊くのも面倒だし、朝は簡単に済ませてしまう気持ちもわかるんですけど。

やはり自分もお米が好きなので、お米を食べる文化をもっと盛り上げられたらいいなと。

2018年、2019年には海外でおにぎりのワークショップをする機会にも恵まれました。外国の方々にとっては、モチモチとした日本のお米を食べること自体珍しい体験で、楽しんでくださっていました。ヨーロッパの方々は、塩昆布や桜の花の塩漬けなど、香りのある具材を特に好まれたようですね。

これからも、日本だけではなく、外国に向けて「米食文化を伝える活動」ができれば良いなと考えています。

 

おにぎりワークショップ

2018年3月、在メルボルン日本国総領事館において「日本の米の紹介」と「おにぎりワークショップ」を開催。多くの人が、「サーモン」「梅干し」といった食材や、海苔などに関心を示したという。

 

日本人にとってのおにぎりって、誰もが食べてきたものだからこそ、百人いれば百通りの思い出があるものだと思うんです。ただ具材を選んで、作って、空腹を満たすためだけのものじゃない。プラスαの何かがある。

この『365日おにぎりレシピ』『ONIGIRI』という本があることで、「このおにぎりは美味しそうだね」とか「私の好きなおにぎりはね……」とおにぎりについて話したり考えたりするきっかけになればと思うんです。

いろんな人がおにぎりの思い出を話したり、作ってみようかなと考えてくれたら嬉しいなと思います。

—そんな佐藤さんが思う「一番美味しい具材」ってなんだと思いますか?

いわゆる定番の「鮭」・「昆布」・「梅干し」も好きですが、良い仕事をしてくれる具材はやっぱり「お漬物」ですね。シンプルですけど、塩も入ってるし、水分も抜けているし、色もいろんな色があるので見栄えがいい。「塩味」「水分」「色合い」の3つは、具材選びの大切な要素だと思います。

—では、おにぎりの美味しさを左右する要素はなんでしょう?

それは「塩」ですね。おにぎりを構成するのは「米」「水」「塩」ですが、一番シンプルな形とも言える「塩むすび」にもいろんな可能性がある。

塩の量は、100gのご飯に0.5%位の割合がちょうどいいバランスだと思っています。具体的に言うと、人差し指を濡らして、塩を入れた器に指を入れた時、第一関節についてくる位の塩の量です。

塩気が少なすぎても、旨みが足りないし、多すぎると具材の塩分も加わりしょっぱく感じるので、このくらいがちょうど、米の甘みが引き立つと思います。

色々試した中で良いと思ったのは、新潟の笹川流れという土地で作られる「藻塩」ですね。甘くて、ちゃんとしょっぱくて美味しい。

でも、例えば「沖縄旅行のお土産で買った塩」みたいに個人の思い出の詰まった食材を詰め込む楽しさもある。水だって、今の時代ならたくさん選べるけれど、結局生まれ育った土地の水が体にあったりする。

今は発酵食の文化にも興味があるんですよ。発酵の食文化には土地土地の暮らしが詰まっていて面白い。

—佐藤さんはまるで、おにぎりをキャンバスのようにして、色んな可能性を試すことを楽しんでいますね。

まだまだ試していないことが、たくさんありますから。日本全国を訪ねて、おにぎりに合う
発酵食や各地の塩を探して回りたいなとも思っているんです。これからもそうして、おにぎりの可能性を探求していきたいですね。

まとめ

おにぎり

多くの日本人にとって、当たり前のように身近にあった「おにぎり」。

佐藤さんはその美味しさを追求するべく、具材選びから塩加減、お米の種類、お米の炊き方まで突き詰めて研究してきました。

しかしそうした「美味しくするテクニック」を追求したからこそ、おにぎりにまつわる「個人的な思い出」が、その味を引き上げてくれることに気づいたといいます。

お米と具材、塩、水、そして思い出が合わさって、何通りにも変化していく。そんなところに、ただ手軽にお腹を満たすだけではない、おにぎりの魅力がありました。

佐藤 智香子 料理研究家/フリーアナウンサー
アナウンサー時代、食の生産現場を巡る取材に魅せられたことをきっかけに、料理の世界へ進む。TV、ラジオ番組、雑誌等でレシピ連載を執筆するほか、料理教室「ワイオリキッチン」を主宰。2017年にニューズ・ライン社からレシピ本『365日おにぎりレシピ』『ONIGIRI』を刊行した。

www.waioli-k.com