【現地レポート】スペインでも進む「家ごはん」の充実。コロナでスペインの食はどう変わったか
2020年春、EAT UNIVERSITYでは、新型コロナウィルスの影響下、様々な制限がある中で人々がどのように食を楽しんでいるか、イギリス、イタリア、スペイン、ドイツ、それぞれの国の状況を現地レポートとして発信した。それから半年以上が経った今、コロナ前とはすっかり変わった環境の中で、現地の人々は毎日どのように食と向き合っているのか。前回、外出制限下でも元気に営業する市場の様子をレポートしてくれた、スペイン・サラマンカ在住のEAT UNIVERSITY寄稿ライターである對馬 由佳理氏に、現在のスペイン国民の食について再度レポートしてもらおう。
その異変に気がついたのは、近所のパン屋での会話がきっかけだった。
スペインの西側に位置するこの街では、隣国からくるポルトガル人が経営するパン屋に出会うことも珍しくない。日本でも一時期大流行した「エッグタルト」に代表されるように、ポルトガルのパンやお菓子のレベルは高く、スペインでも人気がある。幸いなことに、我が家の近所のポルトガル・パン屋もそうした店の一つである。
スペインでの昼食の時間はだいたい午後2時位からスタートする。そのため新型コロナによるロックダウン前は、午後1時くらいにこのポルトガル・パン屋に行けば、おいしいバゲットを問題なく買うことができた。
新型コロナウイルスによる自宅待機生活が終わって数週間たったある日、久しぶりにそのポルトガル・パン屋に寄ってみた。時間は正午。
「バゲット1本ちょうだい」筆者の注文に対し、返ってきた答えは、
「ごめーん、全部売り切れちゃった」
「え、他のパンは? 」
「全品売り切れ」
「まだ12時なのに?」
「最近パンの売れ行きがすごくいいのよ。正午前には売り切れちゃうもんね」
そういえば、自宅近くにあるもう1件のパン屋にも毎朝長い列ができている。
ここへ来てスーパーマーケットの品揃えにも変化が現れ、パエリヤや鳥の丸焼きといったお惣菜を販売するところが多くなっている。かつてスペインの町中のスーパーマーケットでは、野菜や果物など料理の素材を販売していることが多く、お惣菜はそれほど販売していなかったのだ。
確かにスペインのロックダウン期間中には、レストランやバールは営業することが許されていなかった。その一方で、食料の買い出しは正当な外出の理由として認められていた。そのため、この間スペインに暮らす人のほぼ全員が外食をせず、家で食事を摂っていたことになる。
元来、スペイン人はバールで1杯しながらピンチョをつまむのが好きな国民である。しかしロックダウンが終わりレストランやバールが営業再開したあとも、未だに多くの人が家での食事を優先しているという現状に気づかされた、ポルトガル・パン屋での会話であった。
スペイン人の「食」に関する行動の変化
様々なデーターを見ても、学校が休校したりテレワークが導入された結果、スペイン人が家で食事を摂るようになった傾向が明らかになってくる。
今年の9月に発表されたデータでは、スペイン人のスーパーマケットでの買い物の平均金額が、コロナウイルス感染拡大前は18ユーロだったのに対し、自宅待機期間後は27ユーロと48%も増加している。
同時に食事のデリバリーの利用も増加。現在スペイン人は1回のデリバリーで平均して約23.5ユーロを支払っているが、これはコロナウイルス感染拡大前と比べると13%も多くデリバリーの食事に支出していることになる。
もはやスペイン人にとって、食事は外で食べるものではなく、家の中で楽しむものとなってしまったと言えるだろう。
ウイズコロナ時代のスペインで注目される「食」のインフルエンサーとは。
こうしたスペイン人の食生活の変化により、SNSでの「食」に関する情報も変化の兆しを見せている。最もその変化が端的に現れているのが、インスタグラムでの食に関するインフルエンサーの顔ぶれの変化である。
例えば、新型コロナウイルスによるロックダウン前の2019年には、自分のレストランを経営しているプロのシェフ(@miquelantojaや@jordirocasan)であったり、プロの栄養士(@carlosriosq)やパーソナルトレーナー(@fit_happy_sistersや@amaya_fitness)のインスタグラムが人気となっていた。
しかし、ロックダウンを経験し、自宅での食事の機会が一気に増加した2020年、こうした人気インスタグラマーの顔ぶれに変化が見られることになった。
まずロックダウン中から、家庭料理のレシピを提供するインスタグラムが人気を集めている。その代表格が、3,000以上の料理のレシピを公開しているコシーナ・カセーラ・コメール・イ・ビアハール(COCINA CASERA ®COMER Y VIAJAR @cocinacaseraes)である。同アカウントは52万人以上のフォロワー数を獲得しているスペインでも人気の家庭料理のインスタグラムである。このアカウントでは主菜やデザートのような通常の料理レシピの他に、「電子レンジで美味しい焼きりんごを作る方法」のような便利な裏技なども公開している。そのため料理に慣れていない人にも「今日は、家で料理をしてみようか」と自然に思わせるサイトとなっていることが、人気の秘訣である。
また、もともとスペインのインスタラムでは手作りお菓子のレシピと写真を公開しているインスタグラマーが人気ではあった。しかし、ロックダウンの後からこの傾向に一層の拍車がかかることになった。特に今スペインで人気に手作りお菓子のインスタグラマーは、オーシー・オルドニャス(Auxy Ordoñes @postressaludables)、アナ・テレス(Anna Terés @annarecetasfaciles)そしてデリシアス・マルサ(Delicious Martha @deliciousmartha)の3人。特にアナ・テレスとデリシアス・マルサはお菓子以外の料理のレシピも公開しており、家で料理をする人には人気のあるインスタグラマーである。
日本同様に、スペインでも「家で料理をしたいが教えてくれる人が誰もいない」というケースも珍しくはない。そのため新型コロナウイルスの感染拡大により、「家庭料理のインフルエンサー」が近頃のスペインで注目を集めているのである。
このスペイン人の家庭料理への回帰の動きに、スペインのプロのシェフたちがどのように対応するのか。このことは、ウイズコロナ時代におけるスペイン外食業界を分析するための、重要な視点となるであろう。
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