1. HOME
  2. 「知る」
  3. ダチョウに教わる、美味しさに妥協しない地球への優しさ|食のミライ
「知る」

ダチョウに教わる、美味しさに妥協しない地球への優しさ|食のミライ

「知る」

世界はよりよくしたい。でも、だからといって美味しいものを我慢したくない。

そんな両方の願いを叶える食材がある。

ただ美味しいだけでなく、社会課題の解決にもつながる食材。それが、加藤貴之さん(株式会社Noblesse Oblige〔ノブレス・オブリージュ〕創業者)が提唱する「オルタナフード」だ。「もうひとつの選択、代替手段」という意味の英語「alternative(オルタナティブ)」と「food(食べ物)」を掛け合わせた造語である。

「『今日はちょっとがっつり食べたいから肉』とか、『お金がないから安いのにしよう』とか、値段や味、カロリーなど、食べ物を選ぶのには色んな観点がありますよね。そういう観点のなかに、食材を作る過程・消費する過程が社会問題の解決にも実はつながる、という選び方もあってほしいと思うんです。そういう考えで食を選ぶ人が増えれば、生産や流通を通しての社会問題解決につながるんじゃないかと」。加藤さんはそんな想いで、この新しい概念を持つ食材の提案に取り組み続けている。

「オルタナフード」を提唱する加藤貴之さん

そもそも食べることで環境を破壊する食材がある?

では「オルタナフード」は、具体的に何に対しての「代替」というのだろうか?

たとえば牛や豚、鶏といった家畜は、その飼育過程に大量の穀物を必要とし、さらにその穀物を育てるのに大量の水と土地を必要とする。そのことが、世界の食糧問題や環境問題にとっては、重要な課題であると考えられているのだ。さらに地球温暖化の原因の1つ、メタンガスの発生源の約24%が家畜(主に牛)の消化管内発酵(ゲップなど)というデータも…

「環境負荷の重いものとして、一般的には牛肉がよく槍玉に挙げられます。でも、『食べたい』っていう思いを止めるのは難しいですよね。牛肉にもオルタナフードがあるんです。牛肉のなかでも、できるだけ環境負荷の低い(しかも美味しい)牛を食べたらどうですか、というのが弊社の考え方」。

その牛肉というのが、肥育月齢を短縮し、飼料内容もそれにあわせて改善し、赤身の美味しさを追求した和牛だ。背景には、「霜降りよりも赤身が好き」という方が近年増えているというニーズがある。新たな市場に応えると同時に、肥育期間や穀物量の削減によって、生産効率の向上や環境負荷の低減にもつながっているのだ。

加藤さんによれば、「オルタナフード」はこのように社会課題を解決するだけでなく、結果として美味しく、しかもビジネスチャンスになる、という事例が多いのだという。

「面白い食材は他にもたくさんあって、それぞれ色んな可能性があります。たとえば、ジビエのなかでは八重山諸島で野生化しているクジャク。旨味が強くて美味しいですよ。また、牡蠣やムール貝は水質浄化につながりますし、羊も飼料は牧草の割合が高く、肉は世界中で消費されているので、オルタナフードとしてポテンシャルが高いです」。

数あるオルタナフードのなかでも別格は「ダチョウ」

様々なオルタナフードの中でも、加藤さんが「別格」とし、とりわけ力を入れて扱っているのがダチョウの肉だ。

農水省のデータによれば、1kgの肉を生産するために、牛肉は11kg、豚肉7kg、鶏肉4kgの飼料が必要であるという。それに対して、ダチョウは3kg。しかもダチョウの場合は穀物をあまり必要とせず、牧草や野菜などを餌とし、メタンガスの排出などもない。穀物をあまり必要としないということは、その畑を作るために森を新たに切り開く必要がないということでもある。

生産者にとっての負荷の少なさもメリットだ。もともとサバンナで生き抜いてきた動物なので、環境適応力が高い。加藤さんもこう話す。「飼育環境が整えば、育てるのに手間もかからないし、繁殖力も高いんですよ。牧場に誰かがつきっきりになる必要もありません」。

ダチョウの生ハム

肝心の味や栄養はどうか。「脂っこくなくヘルシーで、さっぱりした赤身の美味しさが好評です。クセが少なく、毎日食べても飽きないお肉なんですよ」。そう加藤さんが断言するように、ダチョウは別名「赤身肉の女王」とも呼ばれ、高タンパク、高ミネラルなのに低カロリーで旨味が強く、ジューシーなのが特長だ。

しかも低コレステロールで、脂肪燃焼作用の高い「カルニチン」や、運動機能向上が期待できる「クレアチン」も含み、ダイエットをする方やスポーツをする方の味方になってくれる。肉好きの方にはもちろん、「健康のために肉は控えめにしようかな」と思っている方にも、なんとも魅力的に響きそうだ。

「僕が探しているのは、これなんじゃないか」

もともと広告会社で働いていた加藤さんが今の事業に関わることになったきっかけは、東日本大震災に遡る。

「震災後、南相馬の被災地でボランティアをしていたんですが、自然の力で景色が一変したことが、とても強く印象に残ったんです。これからは、自然と人間の共生を考えて事業をしていかないと、日本にも世界にも未来がないんじゃないかな、と思って色々調べていました」。

そんな折に紹介を受けたのが、ダチョウ牧場だ。

「まずそのお肉を食べさせてもらったら、すごく美味しかったんです。それがまだ全然知られていなくて、販路がなくて困っている、と。そこから興味を持って調べていくうちに、環境や生産上のメリットも知って、『僕が探しているのはこれなんじゃないか』と思ったんですよね」。

それから「ダチョウ伝道師」として活動を始めた加藤さん。全国のダチョウ牧場の経営をしている方や経営を始めようとしている方の支援から始め、牧場経営のアドバイスや流通支援、PRイベントの実施などを行ってきた。そして卸先を徐々に増やし、流通規模がある程度できてきたところで、昨年(2019年)10月には、自社でも牧場を立ち上げ。今はまだ10羽前後だが、今年のうちに100羽単位に増やし、徐々に拡大していくことを目指している。

ダチョウのヒナと一緒に

ダチョウ肉卸先シェフとの写真

ジビエとの連携でダチョウの食肉化を効率よく

近年、鹿や猪といった野生動物の増加によって、自然生態系や第一次産業などへの被害が増加していることから、食肉(ジビエ)としての活用を広げる取り組みが全国各地で進められている。食用としての流通を広げることで、自然と人とのバランスをとるための頭数調整が持続可能な事業となる。そういう観点から、ジビエもまた「オルタナフード」だ。

加藤さんの会社でも多種多様なジビエを取り扱っているが、今、加藤さんはジビエの食肉処理とダチョウの食肉処理の連携にも取り組んでいる。

「たとえば弊社が立ち上げ支援したところの1つは、ダチョウを飼育しながらジビエの解体処理場を運営しています。猟師さんから日々持ち込まれる鹿や猪の解体処理をやりながら、その合間に自分たちが飼育するダチョウの解体処理もする。それによってダチョウの屠畜コストを下げるという仕組みです」。

加藤さんによれば、食肉用にダチョウを飼育している牧場はまだまだ全国に10箇所程度、ダチョウ専用の屠畜場は全国に数箇所のみなので、輸送コストがかかってしまうのだという。ジビエとの連携を全国展開できれば、より効率のよいダチョウ肉の普及につながるのだ。

ダチョウのハツ、レバー、砂肝3種盛り

さらなるダチョウ肉の普及を目指して

現在、ダチョウ肉の卸先はほとんどが飲食店だが、シェフの反応も上々で「メニューをリニューアルするときも、ダチョウ肉だけは外せない」というところが多いのだそう。

美味しさと持続可能性を兼ね備えたダチョウ肉は今、世界中に広がっている。アメリカでは大手ファストフードチェーンの1つ「Chipotle(チポトレ)」がダチョウ肉に注目し、ダチョウ牧場を運営するスタートアップを支援しているという例もある。

「ゆくゆくは、日本でも同じような動きを作って、持続可能な畜産を広げていけたら」。加藤さんはそんな夢を膨らませる。

現在都内だけでも、居酒屋、イタリアン、肉バルなど100〜200店舗近くでダチョウ肉を提供する飲食店があるほか、加藤さんの会社でもネット通販を通じて、個人向けのチャンネルを増やしつつある。舌鼓を打ちながら、体にも地球にもヘルシー。そんなダチョウ肉が当たり前の選択肢に入ってくる日も、近いのかもしれない。

加藤 貴之  株式会社Noblesse Oblige〔ノブレス・オブリージュ〕創業者
1987年生まれ、茨城県出身。上智大学卒業後、都内で広告代理店に勤務。2011年の東日本大震災後、南相馬でボランティアを行うなか、ダチョウとの出会いからダチョウ伝道師に。2012年に株式会社「Noblesse Oblige(ノブレス オブリージュ)を設立。以降、食料問題・環境問題の解決と美味しさが両立する「オルタナフード」を提唱し、ダチョウ肉、ジビエをはじめとする希少肉食材の産直卸売や、ダチョウ牧場の立上げ・運営などを行っている。